ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

くちびるの会「疾風のメ」@吉祥寺シアター(4/19)

 「猛獣のくちづけ」にとても感動したので、新宿画廊での短編公演に続いて行ってきましたくちびるの会。そういえば短編しか観たことがなかったけど、今回は90分程とがっつり。箱も大きくなって、セットもがっつりあって、以前に観た時とはまたずいぶん印象も違っていました。

 気弱で煮え切らない平凡な男・楠は、思いを込めて「睨む」と風を起こすことができるという特殊能力を持っていたが、その能力で誰かを傷つけることを恐れるあまり、まったく使うことができない。同棲していた恋人には愛想を尽かされ、介護の仕事では上手く立ち回れず、さらに半グレに絡まれ散々な目に遭うも、何となくやり過ごすが、同僚が同じ半グレの被害に遭っているところに立ち会ってしまい、そこで特殊能力を発動させてしまう。半グレたちにダメージを与え、その場は逃げることができたが、復讐に燃える半グレたちに逆に付け狙われることに。自称「兄」から逃げる女性、ビルメンテナンス業の3人組、介護センターを辞めた男と代わりに入った新人、楠の周囲を巻き込んで、彼は疾風を巻き起こすことができるのか…。

 という感じのお話でした。くちびるの会の、リアルな現実描写(しかもちょっとしんどめ)の中に、じわりとファンタジーが浸食し、それがじわじわと半々くらいにまで迫ってくる、そのさじ加減がわたしにはちょうど良いです。あんまりドファンタジーだと入り込めない気がするので…日常の延長線上にいつの間にかファンタジーが混ざってる奇妙さ、が楽しい。お話的にはしんどさの方が大きくて、カタルシスはあれど楠くんの負荷は吹き飛ばされずむしろ重くなっていく感じで、観ていてぐぐぐ…となってしまう。責任の重さに躊躇して、踏み込めない、煮え切れない、曖昧に濁して事なかれにやり過ごしてしまう、そういう感覚はとても身に覚えがあるし、拙いとわかっていてもそうしてしまうのはとても理解できる。のだけど、だからといってじゃあ、そこまで背負うこともないんじゃないの…それはあまりにも重いんじゃないの…とも思ってしまう、そんな楠くんの選択なのでした。でもかっこよかったよ。バカな十字架背負い込んで、風の中に立つ後姿はかっこよかった。

 介護センターのやりとりも、コンビニのシーンも、彼女との喧嘩も半グレに絡まれるのも、とてもリアルで、そのリアルさゆえに苦しくなってしまうくらいなのだけど、そこにするりと挟み込まれる「特殊能力」という亜ファンタジー要素がアイスの中のパチパチキャンディーみたいな刺激になって美味しい。美味しいんだけど、ほとんど役に立たない特殊能力というか、それによって楠くんが人生で全然得していないのが…ビターだわ(笑)。がんばっても風車を回すくらいしかできない普段の能力の無駄さが本当に…悲哀だった…ファンタジーなのに…。

 楠くんを取り巻く人々がみんな、個性的で面白くて素敵でした。楠くんはただただ優しい風貌と、風を起こせてしまうのもわかる目力があった。優しいけど思いの籠もる目だった…。同僚の阿部くんは「猛獣のくちづけ」にも出てらして、可愛いけど可哀想だった…可愛い。掃除屋3人組は出てくると嬉しくなるご褒美ポイントだった! 社長、かっこいい…とは思うんだけど何故だかずっと劇画調で不思議なキャラだった…あとルックスが何かに似ている、とずっと既視感を覚えながら観ていたのだけど、「シティハンター」の冴羽獠だと思い当たりました。がわたしシティハンターはちゃんと観たことがないのでルックスだけで云っています。キャッツ・アイ派です。社員コンビはひたすらキュートだった…柿の加藤ひろたかくんが相変わらず細面でシュッとしていて素敵だったけどあんまり遭遇したことがないような気がするコミカル担当でとても可愛かったです。半グレ組も怖いし悪いんだけどユーモラスさもあって、だから余計に怖いとも思う。実際ああいう話ってたまに聞くけど、どう対処するのが一番なんだろうか…自分だったらどうするだろう、って思いながら詐欺シーンを観ていました。警察呼びたいけど呼べないだろうなぁ嫌だなぁ。ちいちゃん突飛な勢いのある女の子だったけど可愛いから許しちゃえる。楠くんの彼女さんは、気持ちわかるわ…しかなかった。わかる。仕方ない。でも阿部くんと一緒に待ってるんだろうなぁ。すべての最後に楠くんはどうなるんだろう、待ってるふたりはどうなるんだろう、と考えるけど浮かばないのでした。コンビニバイトに転身した元同僚さん、凄かったな…いろんなリアルを一手に引き受ける重さがあった。濡れ衣を着せられた善人、ではないのがすごいんだな…彼はちゃんとやったことの責任を背負って居るんだな。そこが楠くんと違っていたし、楠くんが「背負って立つ」「取り返す」ことを決心するひとつのきっかけにもなった存在なんだろうな、と。でもなぁあの楠くんの取り返し方は…それでいいんだろうか……わからないな……。

 個人的な好みで云うと、「猛獣のくちづけ」のあの勢いとカタルシスがとても好きだなぁと思うのだけど、猛獣は30分という短編だからこそのスピード感だとも思うので、95分というしっかりとした尺の中で同じ表現にはならないのは当然で、点描のように描かれる各シーンとじっくり向き合った、別の形の作品なのでしょう。本公演、別のも観てみたいと思うくちびるの会なのでした。

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natalie.mu