ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「夢の裂け目」@新国立劇場小ホール(6/4夜)

 久しぶりの井上ひさし作品、初日を観てきました。井上ひさし作品の初日というと、こまつ座「私はだれでしょう」初演の初日*1を思い出してしまうのですが、もうそんなことも起こらなくなってしまったんだな…と、逆の感慨というか寂しさというかを少し感じてしまったりしました。もう新作も観られないもんね…って今頃か。

 「東京裁判三部作」の1作目、2001年初演とのことですが初見だし他の2作も未見です。井上ひさし作品って紀伊国屋ホールかサザンシアターの印象が強いんだけど新国立なんだ、なんて思っていたけど、こまつ座公演が紀伊国屋もしくはサザンシアター、なんですね。今回はこまつ座ではなかった。その辺ちゃんとわかってなかったことがわかった…。

 重喜劇と銘打ってありましたが、いつも通り、もしくはいつもより音楽多めな、ミュージカルに近い感触の音楽劇でした。ミュージシャンが生演奏なのも贅沢で素敵だったしセットも豪華!ってわけではない(時代背景も豪華な時代じゃないし)けど転換の様子が面白かったり、仕掛けが素敵だった…夢のようだった…星モチーフ大好物なのでとてもツボでした。音楽はユダヤ人作曲家クルト・ヴァイルの曲が多用されていて、ちょっとジャジーだったりブルージィだったりなメロディに、日本語の歌詞が軽やかに乗って、とても耳に優しい。けど、語られる内容は面白みと優しさと楽しさの間に、とても重くて大切で鋭利なものが潜まされていて、それにとても深く刺されてしまうのでした…とても楽しくて優しくて愛おしいのに、すごく悲しい気持ちで劇場を後にしてしまった…哀しいというか情けないというか申し訳ないというか悔しいというか。

 以下ネタバレに触れるので畳みます。

 

 

 戦後間もない東京の下町、焼け跡の街でささやかに強かに生きる市井の人々。紙芝居屋の親分・天声の元にある日、検察側の証人として東京裁判へ出廷せよというGHQからの命が下る。家族や周囲の人々を巻き込んで、裁判の予行演習も行われ、天声は無事に大役を務め上げるが、その中で彼は東京裁判に隠されたある「骨組み」に気づいてしまう。ずっと昔に天声が作った紙芝居の筋書きと、東京裁判の「筋書き」は、実は同じ仕組みなのではないか。それを指摘し始めた天声に、GHQから新たな呼び出しがかかる…。

 あらすじはそんな感じです。紙芝居屋って元締めがいて、子飼いの絵描きとか紙芝居読みがそこに属していて、徒弟制度みたいな感じになっていたんですね。知らなかった! さすがに紙芝居屋は遭遇したことないや(笑)。

 手前に張り出した舞台の下というか、ステージ前方の床が2箇所四角く切り抜かれていて、その中がオケピのようになっており、ピアノ・パーカッション・チューバ・サックスなどのバンド…というか楽隊がそこで生演奏をするという、何とも贅沢な音楽劇です。開演ちょっと前から演奏が始まるので、あんまりギリギリに行くともったいない(笑)。「重喜劇」と銘打ってある通り、口当たりはやさしく、楽しく、面白く、音楽も美術も美しく、登場人物はみんな愛しくて、とてもあったかい肌触りなのだけど、その芯に据えられているものはとても重くて、鋭利に尖って突き刺さる、そんな作品だった。…っていうのは井上ひさし作品にはわりと共通していると思うのだけど、中でも特に、そのやわらかさと重さの落差がずしん、ときた。のは、今の世の中にとても呼応する内容だ*2ったから、かな。こんなにも優しくて暖かくて、愛すべき人間しか出てこないのに、観終わった帰り道とてもかなしい重たい気分になってしまった…申し訳なさふがいなさも感じつつ…。

 戦争に於ける責任の在り処を問う東京裁判と、市井の人々との間にあるもの。「普通」の、一般の、個々人に、果たして責任はあるのか、ないのか。突かれると確実に痛む一点を、正確無比に射抜いてくる流石の井上ひさし作品、でした。それをまぁ愛らしい人々と美しい音楽とやさしい言葉で丁寧にくるんでくるから…口当たりの優しさとのギャップが余計しんどいです…そこが醍醐味だけど。みんな善人で愛しいからね、余計にね…苦しくなる。そう、こんな人々が巻き込まれたのが戦争で、そんな人々が回避できなかった(しなかった、とは云いたくない)のも戦争なんだ。

 学問とはこの世の「骨組み」を探すためのもの、見つけた骨組みを研いて次の人へ渡すためのもの、馬鹿を見る正直者と正直者に馬鹿を見させる嘘吐き、確実に心に引っかかるフックのある言葉が、会話のあちこちに潜まされていて、耳に馴染みの良いメロディ(クルト・ヴァイルの楽曲が主とのこと)に乗せてチャーミングに、ブルージィに、ジャジーに、歌われる。曲調が素敵なのでうっかり、受ける印象も素敵~楽しい~!になってしまいがちだけど、そこで止まっていたら大事なものを受け取り損ねてしまうのだな。決して堅苦しくはなく、ほとんどクスクス笑いながら観ている3時間ちょっとなのだけど、ほんと観終わってから手の上に渡されていたものの重さに息が詰まる。し、この重さをしっかりと受け取って、落とさず抱えて生きなくてはと思う。

 個人的に圧巻だったのは、上山竜治さん演じるインテリ闇ブローカーの成田先生が唯月ふうかさん演じる天声の娘・道子へ学問の意味を説くシーンと、GHQに捕えられ留置所へ入れられた天声と成田先生のやりとり…「普通」の人々に責任はないと口を揃え成田先生を糾弾する天声会のみんなと、それを一身に受ける成田先生の背中…完全に成田先生側で観ていたわたしはとてもつらかった、天声会のみんなのことが愛おしくて大好きになっていた分余計に…道子ちゃんも苦しかっただろうなって…自分自身も含めてとても居心地悪かったししんどかった。けど、これこそが根幹、ともとても強く感じたシーンでした。天声さんには署名してほしくなかった、けど、そうもいかないよねふつうのひとだもんね…仕方ないよね…そんな高潔さは理想でしかないよな。っていう現実まで突き付けてくるから井上ひさし先生ほんと…容赦ない…。

 しんどいことばっかりみたいな感想になっちゃうから楽しいことも。星空のシーンが可愛らしくて美しくて大好きです。あのセットほんと好き…欲しい…。お目当ての玉置玲央さんは紙芝居大好きな復員兵の三郎さんで、いかにも兵隊上がりな両腕をぴしっと体側に付けたポーズが印象的でした。歌もダンスも喋っても動いても動かなくてもキュートとチャームと少しのビターを振り撒いておられた。めちゃくちゃ可愛い、から…うっしんどい…。紙芝居、三郎くんのもすごく良かったよ…紙芝居より三郎くん見ちゃうやつだけど(笑)。上山竜治さんはとても素敵なインテリブローカーさんでした。あれは惚れるわ…わたしも石に座って成田先生の授業受けたい。後半、一番乗っかって観ていたなぁ。口を開くと帝劇0番の声が聞こえたよ…もっとお歌聞きたかった感はあるかな。道子ちゃん役の唯月ふうかちゃん、かーわいい!! かーーーわいいい!!! 声も姿も可愛くて可憐で歌声も綺麗で…清楚なヒロインだった…成田先生との淡い感じもとても良かったです。保坂知寿さん、難曲を歌い上げる流石の歌声…堅さと隠せない乙女心のうらはらさもキュートでした。しかしここでメソジスト派が出てくるとは思わなかった*3…そしてラストの展開もびっくりした(笑)。吉沢梨絵さん高田聖子さんは元芸者の色っぽい姐さんズでした。気が強くて気風のいい下町の姐さんで素敵だった! 月髑髏ぶりの聖子さんは歌うとわー聖子さんだ!って嬉しくなる。姐さんズにちょっかい出されまくる三郎くんも可愛かったなぁ…すーぐ足とかガン見しちゃうのな…そして10年後な(笑)。木場勝己さんのどっしりとした安心感、佐藤誓さんの軽妙で絶妙な間、ベテランのしっかりとした屋台骨が頼もしい。そして段田安則さん、田中天声こと留吉さん。頑固で職人気質でべらんめぇな江戸っ子で、でも実はちょっと気が小さくて、調子が良くて根は良い人で、紙芝居の腕は一流で。紙芝居上演シーンは流石にぐいぐいと引き込まれる魅力たっぷりでした。「普通」の人間の強さと矮小さ、愚かさを全て背負い、余すところなく体現して、それでいて絶対的に愛さずにいられない、嫌いになれない、そしてどこか自分との相似を見出さずにいられない…他人事として見られない、見させない力量がすごいなぁと思いました。あんなの絶対憎めないじゃん…だからこそ天声さんの苦渋の決断が、ああそっちか…ってなるし、そっちだよなぁともなる。のがつらい。そこからの急展開はびっくりでしたが(笑)。そっちかーい!ってなった…そうかー。

 カーテンコールがとても楽しくて、楽しいんだけど、そこからの…が個人的にとても重く深く刺さって、でもそこが好きです。ちょっと、「キャバレー」のラストを思い出したりして。でも、この夢には裂け目がある、目を背けてはいけない黒い裂け目が。劇場は夢を見るゆりかご、その夢の真実を、裂け目を、考えるところ、と歌われるラストの曲が、この3時間で、そしてこれまでの劇場体験で、おまえは一体何を観てきた? 何を見出した?と改めて問い直されているようで、鳥肌が立った。ついつい、非日常体験とか、演劇のマジックとか、非現実的で浮き世離れした、ここではない何処かのこの世のものでない何かを体感できる場所、と認識しがちだけれど、その裏だったり奥だったり、影だったり、隙間だったり裂け目だったり、に潜まされている「真実」を、忘れちゃいないか、見落としちゃいないか、楽しい部分だけ享受しちゃいないか、先生に問いかけられているような気がする。はい、ちゃんと観よう。ちゃんと気づけるように見よう。でなくちゃ意味がない。背筋が伸びました。後半にもう一度行くので、居住まいを正す心づもりで観ようと思う!

 あらためて、井上ひさし先生がもし今ご存命だったら、どんな作品を書かれていたのかと思うと、本当にいなくなってしまわれたのが惜しくてたまらないです。

*1:が台本上がらず1週間ほど延期になった事件

*2:とわたしは思

*3:TMO的にんつっ?!てなってしまった/笑