ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「世界は一人」@東京芸術劇場プレイハウス(2/28夜)

 公演情報を目にするたびに「何故ここに入っていないの…」と謎の歯噛みなどしたりしておりました「世界は一人」を観てきました。岩井秀人前田健太松たか子瑛太松尾スズキ、外堀はすべて埋まっているのに真ん中のピースがない感……(笑)。しかも衣装伊賀大介、ヘアメイク須賀元子、あれっやっぱりひとり足りなくない!?!?

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 それはともかく。なむはむだはむ~オドモTVと数年に渡り割と密に接してきた気がする岩井さんの作品ですが、実は今回初めてです。ハイバイの作品とは今回の「世界は一人」はまたちょっと違う…らしいですが、その辺のニュアンスがわからないのが残念。でも、開始から何となく、空気が、「長い毛」の色を帯びて感じられました。マエケンの歌かな…歌、凄いよね…。

 そんなネタバレというほどのものはないけど、一応畳んでおきます。

 

 海の近くの寂れた町で、幼馴染の3人が、幼い秘密を隠したり共有したり、付き合ったり別れたり、ドロップアウトしたり東京へ出たり、飛び降りたり逮捕されたり、バラバラになったり、また出会ったり、ふらりふわりと、少し懐かしい時代を生きる、人生のロードムービーみたいなお話でした。セットはシンプルで、かつて鉄工業で栄えた町の名残を思わせる鉄の、フレームのみで組まれた家だったりマンションだったり。メインの家の骨組みみたいなセットが、公園に昔あった遊具みたいにくるくる回って、ノスタルジックな雰囲気も感じるし、回転が時の流れにも感じられる。背景の鉄の廃墟は、東京のシーンではビル群の夜景を思わせる光を放って、美しくも物悲しかった。舞台奥から上手側にかけては一段高く設えてあって、その上にバンドとマエケン、あとソファセットが配置され、そのソファは大体、平田敦子さん演じる「アイちゃん」の定位置になっていました。アイちゃん…とても良かった…この作品で一番好きかもしれない、存在が。

 松尾さん瑛太さん松さんの同級生3人組が、小学5年生くらい*1から大人までをシームレスに演じるのですが、松さんのシュシュ使いがとても巧くて、小学生のおさげから中学~高校生の片側結び、の辺りが大変80年代を彷彿とさせられました。セーラーカラーの長いワンピースが可愛いんだけどヤンキー風味も少し醸すの面白かった…。松尾さんは冴えない気弱な少年が、何となーく上手いこと世間の波をやり過ごせる大人になっていく説得力が流石でした。瑛太さんは浮世離れした感じが良くない方向に作用してしまう人、をとても切なく表していた…彼の足が付いていた地は別の場所だったんだよね…。

 たぶん今より少し前の時代の、寂れた田舎の、近所の家庭事情も経済状況もだいたいバレバレな狭いコミュニティの気安さと息詰まる感じ、その閉塞感に苦しさを覚えると同時に安寧もある、どうせどこにも行けやしない子供時代の絶望感がとてもリアルで、でもその閉塞感も絶望も、生バンドの演奏とマエケンの歌にまるまる包み込まれて、夜の空に広がり薄まっていくような。どうしようもなく恥ずかしい秘密、恥ずかしい自分、人に見られたくない、知られたくない部分を、一番ダメージのでかい状況で剥かれて晒されるような、いたたまれない場面の連続で、けっこうしんどいのだけど、そこにふわりと笑いが挟まったり、音楽や歌が流れたりして、どん底…から救い出してはあんまりくれないけど、どん底に光だったり、少し暖かい空気だったり、優しい匂いだったり、をちょっとだけ差し込ませてくれる。けどつらい状況には変わりないし行き止まりの先は見えないし哀しいことは哀しいまま…。なんだけど、暗い気持ちだけでは終わらなかったのは、やっぱり、アイちゃんだよね。名前の由来、ふたつの意味が、航空灯が赤く光る夜空にとても美しく響いた…。

 恥と絶望と悲しみに満ちた世界を、謎の病気の少女「アイちゃん」が俯瞰のようにソファから眺める、という構図が不思議で、わたしは最初アイちゃんを、瑛太さん演じる良平のイマジナリーフレンドか何かかな?と(良平だけアイちゃんと言葉を交わしたりしていたから)思って観ていたのだけど、アイちゃんの正体が後半で明らかになると…なるほど、と。アイちゃん本当に愛しいし可愛らしいしたまのツッコミやメタも面白いしほんと…ホッとする存在だった…。で、登場人物の中で唯一、良平だけがアイちゃんと会話したりアイちゃんの存在が見えていたりして、何なんだろうなーと観ていたのですが、アイちゃんがいるバンド側の一段高い場所って、良平だけが登って、バンドメンバーに声をかけたり言葉を交わしたりするのも良平だけで、アイちゃんはバンドにツッコミ入れたりもするし、あと良平だけハンドマイクで歌う場面があった…ような。ちょっと曖昧だけど、松さんも松尾さんもハンドマイクで歌うシーンはなかったような。なので、バンド側の一段高い舞台は、ある種の別世界というか別次元というか、作品世界の神の視点だったりインナースペースだったり、なのかな、と。良平は途中で心の半分をそっち側に置いてしまって、だから実生活ではああいう感じになってしまっていたけれど、半分の心はアイちゃんやバンドのいる別次元にいたのかな…と思いました。だってアイちゃんに話す良平はとても理知的で優しくて素敵だったから。

 松さんの歌はもちろん素晴らしくて、松尾さんの歌も味わい深く素敵だったし、マエケンと世界は一人(バンド名)の演奏は作品世界全体を司るナレーションにして神の領域って感じだったけど、個人的に一番震えたのは途中で瑛太さんが歌った、ラップとポエトリーリーディングの中間みたいな1曲…めちゃくちゃ良かった…もう一回あれ聞きたい。他の曲もかっこよくて美声で大変良かったけど、あの歌とも台詞ともつかないふわふわと不安定な、でもバンドの音とは完全に調和していることば、凄かった…。

 どんなに忌み嫌い、距離を取り、突き放し、己を変えようとも、逃れられない業のようなものを、人は時に背負わされてしまうのかもしれない。けど、それを跳ね返し、大きな見えざる手の上から飛び出すこともまた、人にはできる。し、できないことも、ある。世界は一人、世界に一人、人は時にとても孤独で、ひとりの「私」以外の全てが「世界」で、「世界」は「私」に優しい時も、優しくない時もある。生まれ落ちた瞬間から「私」は世界に一人、という、絶対的な孤独感と、誰もが一人であり、一人と一人が寄り添って生きる世界、とか、そんなことを思った終幕でした。観終わってすぐは何とも言葉にならない、重いけど柔らかくて少し暖かい寂寥感、みたいなものを抱えて、わりと哀しい気持ちだったんだけど、後からだんだんじわじわと愛しさのようなものが染み出してきた、ような気がする。気軽にリピりたい感じではないけど、しばらくしたらもう一度観たくなる、のかもしれない。どうかな…。

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*1:修学旅行があるからそのくらいかなって