ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

山川冬樹「世界内部空間」@アーツ千代田3331(5/19)

 アーツ千代田3331で開催中の佐藤直樹さんの個展「秘境の東京、そこで生えている」展示会場内での山川冬樹さんのライブに行ってきました。ライブハウスで聴くのとはまた全然、全く違う体験で、すっごく良かったし鳥肌立ったし完全に異界に連れていかれてしまった…。終わってもしばらく立てなかった…。

 アーツ千代田3331は廃校になった学校の校舎を再利用した施設で、教室だったり廊下だったりの名残を色濃く残した空間が面白い建物でした。で、「そこに生えている」展は、アートディレクターの佐藤直樹さん*1が木炭で描かれた巨大植物画が、2mくらいの高さで延々と、それはもう延々と150m近く、会場の入り口からぐるりと展示会場内の壁に沿って、繋がり連なっていて、それは会期中の今でも描き続けられ、描きかけの途中で止まっているその下には木炭のカスが散らばり、正に「生え」かけの植物が半分白く浮かび上がりかけていて、その先に続く白い壁はまだ「生え」ていないけどきっとそのうち鬱蒼とした森に沈むのだろうな、という予感を秘めた白で、それだけでも充分な異界っぷりなのでした。しかも開演20時、会期中は白い床や壁の中に黒々と浮き上がる植物たちも、闇に沈んでぽつぽつと灯るランプの明かりにぼんやりと照らし出されて、目が慣れるまでほぼ真っ暗な状態で、夜のジャングルに放り出されたようなおぼつかなさを覚えるほど。もうね、何も始まっていないうちから完全に雰囲気にのまれてしまった…とても良かった…。

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 (撮影OKでした)

 一番奥の空間に、山川さんのいつものセッティング(と初めて見るスネアドラムに何か機構が取り付けられているモノ)と、客席の小さい椅子やスツールが設えてあって、ランプでぼんやり照らされたそこもやっぱり、ぐるりとモノクロームの巨大な植物たちに囲まれていて、ここであの声を聴くのか…と思うと始まる前からぞびぞびするってものです。むしろ怖い。これまでわりと、ライブハウスとか劇場とか、整えられた無機質な空間で目にする機会が多かったので、いや展示室も真っ白い壁と天井と床で無機質ではあるんだけど、それ以上に絵の植物たちの有機的な気配というか、圧みたいなものが凄くて、全然無機質な空気じゃなかったのが面白かった。気配というか…念というか…何か発してるよあの植物たち。二酸化炭素を吸って酸素の代わりに何か別の重い物質を吐いているような。

 そんなある種異様な空間で、アクティングスペースは無人のまま、暗い照明がさらに落ちて闇へ沈み、遠くから犬か狼か、何か獣の遠吠えが響いて、開演となりました。っていうか! あの空間で、暗闇の向こうから響く獣の咆哮が幕開けなんだよ凄いとしか云えないよ!! 怖いよ!! 食われるよ!! 覚悟したよ!!*2

 闇の奥から遠く響いた咆哮が、だんだん近づいてきて、最初音源かな?とか思っていたその遠吠えが、あっこれ…声だ…と気づいたのはいつ頃だったか、シルエットでしか見えない山川さんが、小さなLEDライトで壁を丸く照らしながら、小鳥のような夜行性の小動物のような小さな鳴き声をチィチィヒヨヒヨと立てつつ会場内をゆっくりと歩きまわり、青く切り取ったようなライトの円の中にそっと片手を差し出すと、光の中に闇の獣が現れ、その影の犬がすくい上げるように天を仰ぎ、同時にあの咆哮が響き渡る…のだけど、その声が本当に獣の遠吠えで、人の身体から発されているものと思えなくて、声量もすごくて、咄嗟に感じたのはやっぱり恐怖でした…怖い…。山川さんの印象はわたしの中では野生の大型草食動物、大きいシカとかそういう感じだったのだけど、内側に肉食動物もいたんだね…草食に限っていなかった。認識を改めました。

 モノクロームの森林に潜む影の獣がひとしきり吠えた後、小鳥の鳴き声が微かに聞こえる中、山川さんがマイクの前に立ち、まずは口琴…だと思うんだけど、金属の小さな羽が3~4枚扇状に重なったもの、を口に当てて指で弾いて倍音を出す…アイヌムックリは聞いたことあるけどこういう形のは初めてで、ムックリとはまた違った趣の音がして面白かった。びよんびよんしていた。弾く羽で音程が変わるのもなるほどなぁってじっくり見てしまった。

 ひそやかに始まった宴みたいなライブ、そのまま小鳥の鳴き声で曲間を繋げて、椅子に座った山川さんが二胡を手に歌い出す…歌う、って表現に何となく違和感がある気もするのだけど、声を発する、かな。歌を聴く、というよりは、声を聴きに行っている感覚の方がしっくりするんだ。フラジオレットで奏でられる二胡の音も微かな倍音を含んでいて、聴覚に神経を集中させてそれを探すのも楽しかった。何か、半分くらい目を閉じて聴いていたような…せっかく目の前でパフォーマンス見られるのに(笑)。いろいろ情報が一度にあると、分散してしまう気がしてね。テレビ見ながら美味しいもの食べるのは勿体ない、みたいなことです。倍音を目いっぱい享受した…! 倍音って、そこにあるけど聞こえないものを可聴化(可視化的な)した音みたいだな、と聞きながら思いました。人の耳には感知できないけれど確実にある、ある種の精霊的な音(周波数的な問題ではなくて)を、空中から摘まんで…紡いで?わたしの耳でも聞こえる形にして聴かせてくれている、ような感じがする。…なんてことを思ってしまうのは山川さんが多分にシャーマニックな雰囲気をお持ちだからかなぁ。シャーマンぽい人好きです。

 やがてそっと立ち上がった山川さんが、鼻筋にピックアップを取り付けて、額を指先や手のひらの付け根で叩く…何て云うんだろうねあれ。歯を噛み合わせたりする音も、全てがパーカッションのように鳴り響いてノイズとビートに満たされ、そこに稲妻のように閃くシンバルの音、壁の木々に溶けるようにゆらめく山川さんの影、流れ落ちる長い髪、悪夢のようなサバトのような、でも要素は全てわたしの好きなもので出来ているから顔が満面の笑みになってしまう(笑)。見る見るうちに赤くなっていく額にはちょっと眉根が寄るのだけど…今回は手だけだったからまだいいです…*3

 真夜中のジャングルでスコールに遭ったみたいな音の豪雨が、少し遠くなると、照明がふっと暗くなり、Tシャツを脱いだ山川さんが胸に手を当てて、4、5灯まとめてぶら下がった電球が規則的な音に合わせて明滅を始める。あと今回見慣れないスネアドラム?が床にひとつ置いてあったのだけど、心臓音と連動してそれも鳴っていたような。もうなんか凄いカッコイイんだよくわかんないんだけどね! 深い呼吸と自在に緩急が変わる心臓音と光の明滅、やがてひとつ大きく息を吸い込むと、明滅が止まり淡く滲むように光り続ける電球たち、鳴りやむ音、の果てしなく長く感じる数秒が訪れる。心臓を止めるパフォーマンス、何度見てもやっぱりちょっと怖いし、一緒に息を止めてしまう*4し、観てるだけなのにすごく息苦しいし、でも…引き付けられて仕方ないのです。此方と彼方のあわいをぼんやりと滲ませて、その上を少しだけ向こう側に足を踏み出してみせるような…わたしはそこに何を見ているんだろうなぁ。あんまり生とか死とか思ってないで観てるよなぁ。所謂、「死を強く意識することによって生を知る」みたいなことは全く考えないで観てる…なぁ…。でも何故だか心臓音と、電球は、好きなんだな。

 そして、いつの間にか上手側のマイクの前には黒衣の女性(ゲストのCANTUS太田さんが立っていて、ノイズと低い唸り声の立ち込める闇の中に、一筋の光が差すように高い声が細く響き始める、かと思うと、テルミンみたいに予測できない抑揚で高低を変え、天上の歌声のようだったり、怪物の咆哮のようだったり、また違う種類の獣が甲高く鳴くようだったり、上等な織物が引き裂かれる断末魔みたいだったり、割れた地の底から聞こえるなにかみたいだったり、低い山川さんの声と絡み合ってもつれたかと思えばひらりと離れていったり…人の声じゃないみたいだった。美しくておぞましくて、人間の営みにまったく興味のない冷酷で残虐な天使とか精霊の声ってこんなじゃないかなって思いました。

 迷い込んだ暗い森の奥で、咆哮や叫びや唸りや悲鳴や絶叫や歌や音を、浴びて吸って飲み込んで、もみくちゃになってたぷたぷになってびしょ濡れになったところで、「…終わりです」って云われても、立てないよねぇ(笑)。たぷたぷだし耳の中はわんわんだし、森から出たくなくてしばらく、壁の木々を眺めていました。元の世界に戻りたくなかったよ…せめて、夜で良かった。希有な体験をした夜でした。

*1:個人的に一番馴染み深いのはF/Tのビジュアルデザインだなぁ

*2:何の

*3:「アシンメトリア」の時はワインボトルで頭叩いてたからね…

*4:息止めるのと心臓止めるのは全然違うけど