ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「マーキュリー・ファー」@シアタートラム(2/5夜)

 (あんまりネタバレありません)
 チラシを見て何となく気にはなっていたのですが、プルートゥも近かったし、行けたらね~くらいに思っていたらあっという間に完売してた「マーキュリー・ファー」、高橋一生くんがやっぱり気になる*1のと、一生くん好きな友人が初日に観て、ものすごい衝撃を受けていたのを見て、やっぱり行きたい気持ちがむくむくと。急遽チケットを入手して観てきました。うん、これは、心底観てよかった…!
 ネタバレないあらすじは、公式に載ってるくらいしかできませんね。初日に具合が悪くなったお客さんがいたとか、途中で退席したひとがいたとかの話も小耳に挟んでいたし、もうあらすじの時点でああこれは…、とある程度の予測と身構えができるくらいの不穏さは感じ取れたので、覚悟は決めて行ったけど、あとわたしはグロ系の耐性は多少ある方なので、少々の血飛沫やパーツ脱落(…)は大丈夫、とその辺はあまり心配せずに臨んだわけですが、これは。そういう意味でのアレじゃなかった…。いや、あるんですが、そういう描写や場面はけっこうがっつりあるんだけど、でも本当にキツいのはそういう部分の痛みではなかった…そっちの方が全然キツかった…のでリタイアされた方はそこまでたどり着かなかったんだなぁ。
 イギリスはロンドンの地名なんだけど、どうにも様子が違っている、世紀末*2的ロンドンの廃墟みたいなアパートの一室で、エリオット(高橋一生)とダレン(瀬戸康史)兄弟が、あるパーティの準備をしている、という状況で始まるワンシチュエーション、ノンストップ休憩なしの2時間半。兄弟の会話から徐々に読み取れてくるのは、内乱なのか戦争なのか、とにかく暴動と破壊と略奪の末にドラッグが蔓延した、ディストピアなロンドンで。兄のエリオットは片足を引きずったドラッグの売人、弟のダレンはそのドラッグの所為なのか、ある種のジャンキー状態でだいたい頭はふわふわ、そんな弟を兄は邪魔だお荷物だと罵りながらも、深く愛していることがすぐにわかる。時間に追われるようにパーティの準備を進めるうちに、そのアパートの別室の住人で、エリオットの客である青年ナズ(水田航生)が加わり、パーティに享される「プレゼント」を運び込んだり、「プレゼント」の支度を担当する美女が来たり、パーティの主催者が予定外の同伴者をつれて現れたり、とにかく予定通りにことは運ばず、飛び交う怒号が焦燥感を煽る。突然早められたパーティの開催日、時間を過ぎても到着しないパーティゲスト、予定外の闖入者に想定外の「プレゼント」の不備。準備は万端整わないままに、ゲストが到着し、パーティは始まる…。
 直接的な暴力描写はそれほど*3、覚悟していたほどは、ないけれど、台詞で語られる登場人物の過去の体験や記憶はかなり凄惨なもので、その辺りがリタイアの原因だろうと思います。Dぼーいずファンのお若いお嬢さん方にはかなり…ショッキングなんじゃないかな…。状況設定がわりとファンタジックな要素を含んでいて、最初それに気づかずリアル方向から観ていたのでちょっと混乱したけど、そういうものなのかと了解すればとても入り込める世界観でした。「バタフライ」と呼ばれる、幻覚作用のある蝶(これも最初はドラッグの種類の名前なんだろうと思っていたのだけど、どうやら本当に蝶らしい)のイメージが美しくて、美しいのに見せる幻覚はどれも凄惨で暴力的でむしろグロで、そこに快楽を見出す登場人物たちがおかしい、というよりは、ここはもう、そういう世界なんだな、と。そんなヤク漬けの弟に、自分は手を出さずに売るだけの兄が、一度だけと念を押してバタフライを与えるシーンがとても…幻想的で美しくてでも醜怪でたまらなかったです…が座席の角度的にちょっと見えにくくてあそこちゃんと観たいよ…。
 パーティの準備が進むに連れて、徐々に明かされていくそれぞれの過去や関係性、彼らと周囲の状況、パーティの趣旨と目的、液体が布に染み込んでくるように少しずつ、じわじわと、それらが理解されていく、その先に見えるのは悲しい、諦念に満ちた、それでも「愛」なんだな。こんな世界では、まともな頭と精神でいる方が、よっぽど辛い。そして最後に待つカタストロフ…これはもう、ほんと、凄かった。最後本当に、凄かったとしか言葉が出ないのだけど。ある意味デウス・エクス・マキナレベルでのカタストロフだよ…思い出しても深い溜め息が出てしまう。
 「プルートゥ」が図らずとも、とてもリアルタイムな話になっているのと対になるように、この「マーキュリー・ファー」もものすごく「今」の事象と重なってくる作品です。個人的な印象では、プルートゥが水面を上から眺めている感じ、マーキュリー・ファーは水底から水面を見上げているような作品だなぁと。どちらも、湾岸戦争時のイラク侵攻をモチーフであったりきっかけにして書かれた作品なのだけど、視点として立っている場所が違うのが印象的でした。わたしはマーキュリー・ファーの方が正直、ダイレクトに刺さった…プルートゥほどまだ、湾岸戦争を俯瞰で見られるだけ時間が経っていない頃に書かれた作品だからかな…。
 どうしようもなく、どこにも逃げ道のないような状況で、どっちに転んでも「明るい未来」が先にあるとは思えない中で、どういう結末だったら彼らが少しでも幸せになれるのかもわからない、判断つかないのだけれど、それでも彼らの幸せを祈りたい、幸せになってほしいと願わずにはいられない、そんな悲しくも愛しい兄弟でした…ほんと、どうなったら、どうしてあげたら、ふたりが幸せになれるのか見当もつかないのだけれど。あとパーティプレゼントにはほんともう、申し訳ないとしか云えないのだけれど。兄弟に成り代わって申し訳ないと云っておく…。しかもあの兄弟、パーティに饗されるのが「プレゼント」なら別に、一切の躊躇もなかったはずよね。やっぱまともじゃない…でも愛しい…。
 一生くんはもちろん素晴らしかったけど、瀬戸くんもとても良かったです。おつむふわふわだけど芯は実はしっかりしてる、からヤク中じゃなければさぞや…と思わせる、でもだからこそ兄は弟をヤク漬けにせざるを得なかったんだろうなと思ってしまう、そんな奥行きを感じさせる弟くんでした。一生くんはもうね、キレ者で頭良い方が絶対損だよねっていう兄そのまんまですね。そのくせ依存してる度合いはたぶん、弟→兄よりも兄→弟の方が重篤なんだろうね、と思ってしまう芯の弱さがチラ見えする、絶妙な匙加減。水田くんは「金閣寺」の再演でも良かったけど、今回もキツい役所をそれでも明るく演じていて好感。彼は「陽」の雰囲気を纏っている印象だけど、金閣寺も今回も、その陽の気が悲しい方向に作用してしまう役ですね…。衣装メイク担当の美女ローラ役の中村中さんは、まぁハスキーボイスが素敵なスレンダー美人で! 歌わないお芝居もされるの存じなかったのだけど、とても魅力的なさばけた美女でした。好きなタイプ(笑)。
 瀬戸くん然り水田くん然り、所謂「若手イケメン俳優」枠でくくられる俳優さんたちが、こういうお芝居に出演するのは、もしかしたらリスキーな部分もあるのかも知れないと思うのだけれど*4、でも、この作品に参加したことは、絶対にすごく良い経験になるはずで、そういう意味で何というか、すごいどこから目線なのかもわからないまま云ってしまうけど、良かったね!!とか、おめでとう!!とか、云いたくなってしまうんだ。あと、彼らのファンでこれまでにこういう種類のお芝居に触れたことのなかった方にも。もしかしたら好みに合わなかったり、むずかしくてわかんないおもしろくない!って思ったりもされたかも知れないけど・、確実に何かが心にひっかかるはずだし、こういう種類のお芝居があるんだよっていうひとつの新しい世界が開いたかも知れないし。たかだか数年…ここ十年くらい?しか観ていないヤツが何を云うかという感じだけど(笑)、でもこれがきっかけで興味を持つお芝居の幅が広がったら、それはすごく人生のプラスになるよ!と…これは老婆心というやつでしょうか(笑)。何となく客層が若かったからつい…すいません…。
 タイトルの「マーキュリー・ファー」って何だろう、と水星~とか水銀~とか意味を調べていたのだけど、ふとダレンが、こんなに星があるならどこかに自分たちが暮らせる暖かくて優しい星があるはず、って云っていたのを思い出して。毛皮みたいに柔らかい、優しい、太陽に一番近くて太陽系で一番小さい星、彼らが心底求めて、得られないもの、かな、なんて思いました。あの台詞を劇中で聞いた時、彼らが幸せに暮らせる場所は星単位で探さないとないのか、って、この地球上のどこか別の国じゃなく、別の星にまで行かないとないのか、と、愕然としたのでした…。何という絶望、何という諦念、何という儚い祈り。もしくは、もうそもそも、あのロンドンディストピアみたいなところは、地球じゃなかったのやも知れぬ。
 「かつて美しかったもの」たちの残骸。かつては美しかった、今は無惨に朽ちた残骸たち。残骸だけど、かつての美しさは見て取れる。美しかったものの残骸は、残骸になってもなお、かつての美しさを留めたまま朽ちる。アーチ形の窓、革張りの椅子、剥がれた壁紙、崩れた暖炉。幸せな記憶、壊れた心、損なわれた肉体。損なわれてなお美しい、だからこそ美しい、残骸たち。すべて残骸、かつては美しく健やかであったはずのものたち。かつての美しさを慮ることができるから、損なわれていてもそれは、観る者に「美しい」と思わせることができる。そんな美しさの舞台でした。やっぱりもう一度観たいなぁ。 

*1:橋本さん効果か

*2:って今だといつなんだろうね

*3:といっても充分だけど

*4:ファンが喜ぶのかどうか、とかさ…