ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

どんよりと

 辛気くさいので畳みます。戯れに広げてみてイヤ〜な気分になっても知らないよ(笑)。


 生きていれば色々なことがあるのはまぁ当たり前で、多少のことではあまりめげずにすぐ切り替えられる脳天気型なワタクシではありますが、たまには凹んだりどんよりしたり自分を囲む世界の全てが自分に敵意を抱いているように感じたりもすることがあります。あるんですよ。それはようするに、自分がバカみたいにトゲ逆立ててるだけなんですが、そういう時はそんな簡単なこともわからず、というか頭では理解していても心ではそう思えず、ああお前も私を嫌いだろう、お前も私を嗤ってるだろう、ああ嗤えばいいさ指さして嗤うがいいさとどんどん悪い方向に勝手に追い詰まっていくわけです。誰も追いつめてないの、自分で勝手に追い詰まるの(笑)。誰もそんなにアンタのことなんか気にしてないっつーのにね(笑)。
 で、そんな時はもう、何をしてもされてもダメです。ヒトとしてダメ。かまわれれば鬱陶しいと邪険にし、放っておかれれば「ほーらやっぱりアンタ私のこと嫌いじゃん」と拗ね、こういう時にはもう誰とも顔を合わせず一人静かに思う存分トゲをトゲトゲさせておけばいいのです。基本的に勝手に墜落して勝手に浮上するので、放っておかれるのが多分一番、双方にとって幸せなことです。こういう時に、実家出てて良かったとちょっと思うなぁ。幸せ家族の一員をやるにはちょっとツライ時もあるのです。愉快なパパと優しいママに向かってイイコの娘はちょっとできないのです。一人だと落ちるのも浮上するのも勝手だからねぇ。誰も心配してくれない分、誰にも心配かけずに済む。ああラクチン。
 あんまりこういうコトにはならない質なハズなのですが、たまになるととことん落ちる。良く落ちる。踏みつぶされた空き缶のようにべこべこに凹むのです。が鬱ではありません。鬱のヒトは「きゃー私鬱になっちゃったー」とか云わないので、つか云ってる時点でそれは鬱じゃないので、きゃー私鬱になっちゃったーと云っている私は鬱ではありません。こんなんで鬱とか云ったらホントに鬱で悩んでるヒトに怒られるがな。
 で、凹んでる時の回復方法ですが、無理に膨らもうとしない。落ちたらとことん落ちてみる。踏みつぶされた空き缶をさらに縦方向に踏みつぶす勢いで追い込みます。ド暗い音楽をガンガンなボリュームで聞いたりするのがよいです。そういう時用のリストがあったりします(笑)。母上をして「工事現場でけが人が呻ってる」と言わしめた初期アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンや、ナウ・アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッッグでロウパゥワーーなイギー・ポップなんかがお手頃です。おっさんが奇声を上げて仰け反ったり、意味不明のドイツ語呻りながら電ノコでショッピングカートぶった切ったりする素敵サウンドで頭蓋骨の内側を鉄の歯車でがりがりひっかかれる気分を存分に味わった頃には、何かもう鬱々してるのがバカらしくなってきます。妙にサッパリ。どん底ミュージック、効くよすっごく! おすすめ!
 そんな感じで鬱々→暗黒音楽→浮上、の1日でした。今はもう元気元気。