ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「骨と十字架」@新国立劇場小劇場(7/26夜)

 宣伝美術がツボなのと、小耳に入る感想が気になったのでチケットを確認したらまだ買えたので、行ってきました。タイトルとメインビジュアルとふんわりとした感想しか情報を入れなかったので、あらすじとか誰が出ているとかは当日知った(笑)。伊達暁さんご出演で嬉しかったです。あと小林隆さんとか近藤芳正さんとか贅沢!

 実在のイエズス会司祭であり古生物学者であり、北京原人の発見に携わったピエール・テイヤール・ド・シャルダン。人は神が造りたもうたというカトリック信仰と、ヒトはサルから進化したという進化論、相対する概念のどちらもを、整合性を保って両立させることが可能であるとするテイヤールだが、バチカンは彼の思想を危険視し、糾弾する。信仰と真理、どちらも手放すことができない相反するものを抱えて、人は何を思いどう生きるのか。

 登場人物が全員カソックもしくはケープ付きマント姿で、それだけでとても満足度が上がってしまう何というか舞台上のビジュアルの美しさ、でした……うっとりだった……舞台セットも崩れかけた教会の壁のようだったり、装飾の美しい円柱の根本だったり、燭台だったり、アンティークのライティングデスクだったり、床に落ちるステンドグラスの影だったり、ひたすらに目が美味しがる……そして流れる音楽はもちろんグレゴリアンチャント。最高。全員司祭や神父なので当然ですが、スタイルも立ち居振る舞いも会話の内容もストイックという言葉がこれほどまでにハマるものもないだろうという感じで…ストイックの向こう側にあるエロスがたまらないですよね……ってとても申し訳ないことを考えつつ満面の笑みを湛えてしまったことを告白しますごめんなさい。でも本当に素敵だった……美しかった……。しかも骨。ありがとうありがとう。

 先日の「朝のライラック」然り、こと宗教的教義や思想が絡むと、知識としてそういうものなのだろうという理解はできるけれど本質的な共感はまったくできないので、何でそうなるの…とどうしても不条理に思えてしまうのだけど、そんな中でもテイヤールの考え方は、当時の教会的には認められないだろうけど、個人的には、そういう落としどころに持っていくと矛盾せずに受け入れられるのか、とちょっと目から鱗感がありました。人類の進化の到達点としてのキリスト、とか。ちょっとSFみを感じてしまって面白いなぁと思ったよ。

 北京原人の発見に寄り考古学的ミッシングリンクが繋がり、その快挙によって名声を得たテイヤールは、赴任先の中国よりヨーロッパへ凱旋するが、テイヤール自身はそれを喜ぶ様子もなく、次の赴任先はどこかなどと問う。彼を囲む司祭や神父たちの態度の変化や、裏切りのようなものたち、も時の流れや状況の変化により変わっていく。名声を手にし、それでも司祭を辞めることはなく、独自の解釈と哲学の道を歩み続けるテイヤールが、それでもどこか哀しく、悲痛に見えてしまうのは何故だろう。歩き続ける彼の足元に映し出された十字架は、彼をどこに導いたのだろうね…。

 テイヤール役の神農直隆さん、ストイックで本当に素敵だった…悩める姿がとても美しかったです。リサンの伊達暁さんもちょっと捻りのある役で、生真面目で整頓された世界にスパイシーな味を振りかけていてとても魅力的。リュバックの佐藤祐基さん、一途にテイヤールを慕う弟子でその一途さがまた…なんだけどでもとても想いは伝わる。総長の小林隆さんは流石の貫禄と懐の深さと人間味。そうだよねー立場が変わると変わるものってあるよねー。そしてテイヤールを糾弾するラグランジュの近藤邦正さん、構図としてどうしても4:1になりがちだけど踏ん張って糾弾する姿が矮小で憎たらしくて流石でした。嫌なやつだった!!

 劇場内のあちこちに原人のイラストが飾られていたり、美術の原画が展示されていたり、人物相関図が掲示されていたり、舞台外もとても面白く造り込まれていた「ほねじゅう」でした。原画素敵だった~そしてやっぱりチラシポスターの美術が美しい!! パンフを表紙買いしてしまうくらいには!! 好き!!