ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

ディミトリス・パパイオアヌー「THE GREAT TAMER」@彩の国さいたま芸術劇場大ホール(6/28夜)

 何だか楽しげな語感のお名前だなぁとか、最近良く耳目にするなぁとか、一部界隈がざわざわしてるなぁとか、宣伝写真*1かっこいいなぁとか、何となく気になっていたパパイオアヌー作品、さい芸で観てきました。

natalie.mu

 これは、ダンス…なのかな、どうなのかな、ダンサーや役者が舞台の上で行うパフォーマンスだからダンスのカテゴリーなのかもしれないけど、もっと…総合芸術だった。動的で舞台上に行われるインスタレーションというか…どの瞬間を切り取っても絵画的な1枚になるであろう、知っているようで観たことのない情景の連続で、ものすごいイマジネーションとセンスオブワンダー体験。今、この瞬間の、この場所から、いつの間にかふわりと漂うように浮かび上がって、気づくと宇宙空間にいたり、気づくと太古の昔から遠い未来までぐるっと一周して戻ってきていたり、そんな感じの90分でした。

 客席に入るとすでに、舞台上には黒づくめの男性が立っていて、体勢は変えないまま時折客席を見たりしていました。舞台は八百屋というか、奥に向かって不均一に勾配がついてせり上がる感じ。手前側はステージ床から一段高く設えてあった。せり上がった床は継ぎはぎだらけというか、パッチワーク状に黒っぽく塗られた板が積み重なっているようで、上手奥の傾斜の途中に小さめの丸テーブルがひとつ置かれている、くらいだったかな。シンプルでミニマルな舞台美術、という印象でした、この時点では。まさかあんないろいろ…いろいろ起こるとは、本当に思っていなかった…(笑)。

 引き伸ばされ、歪んだ音でゆっくりと奏でられる「美しき青きドナウ」が流れる中、黒衣の男性は靴をその場に脱ぎ置いてテーブルへ近づき、そこで全ての服を脱ぎ、全裸で床の真ん中へ仰臥する。別の黒衣の男が彼に近づき、寝そべる彼の身体の上へ白いビニールシートを乱暴にかけ、その身体を覆い隠す。と、別の黒衣の男がまた彼に近づき、彼の脇の床板(は薄いベニヤ板のようなものだった)を一枚剥がすと、それをぱたり、と倒す。板が起こした風が、彼の身体を覆っていた白いシートを吹き飛ばし、裸体が現れる。と、また黒衣の男が近づきシートをバサリとかけ、別の男が板を倒して風を起こしシートを吹き飛ばす。の繰り返しがけっこうな回数行われて、どうしてもビニールで隠される裸体がbody感というか死体のような気がしてしまうのだけど、吹き飛ばされるとちょっとまた生きてるような気もして、だんだん面白くもなってくる…のは反復の妙でしょうか。基本、全裸の男がいろんな目に遭う、みたいな感じだったけど、全裸の男が途中で入れ替わって、ひとり服を着ると別のひとりが全裸になる、みたいな。常に誰かが全裸の舞台上だった…。

 全裸の男の他にも、上半身と両腕と両脚がバラバラな女性*2とか、宇宙飛行士とか、ヴィーナスの誕生(男性版)とかレンブラントの絵画とか、印象的なものがいろいろ…本当にいろいろあって、90分間ずっと口が開いている状態でしたよ。引き伸ばされたヨハン・シュトラウスが、時間の流れや速度そのものが歪められているようで、ああ、もうこの空間は均一な、正常な時間の流れではないところになっているんだな、と感じるし、黒バックの中に浮かぶ石だったり、平行に浮かぶ黒衣の男性ペアだったりを観ていると、もう重力という常識からも解き放たれているんだな…と思うし、色々な「こうあるべきもの」たちの隙間や、エアポケットみたいなところにすとん、と入り込んで揺蕩っている感覚。でも、そのすべてを包むのが「美しき青きドナウ」のあのキャッチーで誰もが知っている、ある意味知られ過ぎて若干陳腐にも思えてしまうメロディ(が歪んだもの)なので、舞台上に描かれる情景すべてが、誰もが持つ共通して普遍的なものとして染み込んでくる、気がする。織り込まれる絵画モチーフや映画のイメージ、宗教的情景なんかも普遍性を通して、個人的な感覚を共有するのに一役買っている、んじゃないかな。キャッチーなものを纏わせて、個人的な情景を描くと、キャッチーな要素の部分で染み込みやすくなる、とか、何となくそんなことをぼんやり思いながら、次々に現れる観たことないけど観たことあるような気がしてしまう情景をわくわく堪能しておりました。ほんとねぇ次なにが起きるのか全然わからないけどとりあえず起きることはすげぇ! どうなってるの!! かっこいい!!なのでとても…楽しかったです。単純に脳が楽しい、そして美しい。

 最終的に肉体は土へ還るし全裸の男は白骨化して発見されるけれど、それまでの90分間で宇宙に行って戻って来たり時空を超え歴史を遡ったり、宗教的事象に巻き込まれたり、なかなか波瀾万丈な宇宙一周、歴史一周を全裸の男と一緒に旅してきたような、そんなラストでした。全体的に奇妙でユーモラスではあるんだけど、どこか物悲しくて、寂寥感が漂っていて、このひんやりとした荒涼は何なのだろう、と思っていたら、アフタートークでこの作品が作られるきっかけになった事件の話を聞いて、なるほど、と。その事件をモチーフにしたわけではなく、なので事件そのものが作品に描かれているわけでもないのだけど、どこかそういう…空気感があったのはそういうわけなのかな、とちょっと納得しました。

 とにかく観たことのない、けどちょっと懐かしいような気もする、何だか物悲しいへんてこな夢の中みたいな情景が、それでも美しく描き出される、浮遊感のある作品でした。時は偉大な調教者。凄いものを観た。

 

natalie.mu

natalie.mu

*1:足裏から細い根っこが生えてる靴のアップ

*2:それぞれ別のダンサーの手足が組み合わさってひとり分の肉体に見える