ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「マクガワン・トリロジー」@世田谷パブリックホール(7/28夜)

 大型台風が関東に近づく土曜日の夜、「マクガワン・トリロジー」を観てきました。台風来ないうちに先に現地に着いておこう作戦で早めに三軒茶屋に行って、お茶などしてから劇場に入り、観劇後は駅直結で帰ったら、台風らしい雨風にさらされたのは正味15秒ほど*1という、何とも上手い具合にいきましたよ。電車も全然止まってなかったし帰りもすんなり帰れてほっとした…。

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 松坂桃李さん主演で、何となく不穏カッコイイ系なチラシビジュアルが気にはなっていた、くらいの感じだったのだけど、IRAの兵士の話と聞いて俄然興味が出てしまい、ついでに「テイクミーアウト」ご出演だった浜中文一さんや小柳心さん*2、あと趣里ちゃんも出ているとのことで、あっやっぱり行きたい…とチケットを入手しました。客席に着いたら、流れている音楽がちょっと前のUKロックで、開演前からめちゃくちゃアガってしまった…ストーンズの「Let's spend the night together」とかボウイの「Heros」とか流れてひゃーってなったよ。もうそれだけで来てよかったと思ったし期待もめちゃくちゃ高まった…お手軽…。しかしいざ開演してみたら、めちゃくちゃ高まった期待を裏切ることないというかさらに超えてのとても大好きな作品でした!! めちゃくちゃ好きなやつだった!! 劇中で使われる音楽も良かったし話もキャラクターもすごく好みだった。1幕なんかずっと頬が緩んでしまう好みっぷりで…全然頬が緩んで良い内容ではないんだけど…でも好きなんだああいうの!!! たまらん!! 良かった!!!

 1980年代のアイルランドを舞台にした、IRAの内務保安部長ヴィクター・M・マクガワンにまつわる、3つのお話です。トリロジーだから。IRA、80年代、アイルランドベルファスト、と並べればもうサンデー、ブラッディサンデー*3ですね。U2が流れ始めますね。わたし小学校に上がった頃から新聞を隈なく読むのが趣味だったのですが、国際欄に北アイルランドでの戦闘やテロの記事があったのを覚えています。3篇どれも、まぁヴィクターが対象を処刑する話なのだけど、小説の短編集を読んでいるようで、その小品×3、という構成もすごく好みだったし、3つどのお話もそれぞれ違うツボを突く好みだった…全部良かった…。

 ひとつ目はIRAのアジトになっているベルファストのバーで、敵に情報を漏えいした疑いのあるIRA構成員を尋問する、のだけど、まぁヴィクターがぶっ壊れていて最高にカッコイイんだ。ぶっ壊れてるけど。何かキメてるんじゃってくらいハイで、歌ってるかまくしたててるか踊ってるか暴れてるか暴力振るってるかどれか、みたいな…めっちゃアッパー系で観ているだけで変なアドレナリンがどばどば出てしまった。ほんと冷酷で無慈悲で乱暴で粗野で頭おかしくて、でも紅茶を愛していたりラテン語を織り交ぜて話したりシェイクスピアをもじったり、頭いいんだか悪いんだかな感じとか、細いダメージジーンズによれよれのTシャツの上からショルダーホルスターで銀のコルトを吊るして、革ジャン羽織って編み上げ靴というスタイルとか、笑ってる続きで殺す感じとか、だめだ好き…こういうのを「面白かった! 大好き!!」って云うとちょっと人間性がアレなんですが、でも好きで楽しかったのも本当だから…ごめん人間性がアレで…。

 バーのカウンター横にあるラジオから、絶えず70~80年代のUKパンクとかロックが流れていて、それが大きくなったり小さくなったり、それに合わせてヴィクターが歌ったり踊ったり、音楽の使い方がとてもかっこよくまた効果的で、選曲も個人的にツボで、そういうところもめちゃくちゃ楽しかった。やってること、舞台上で起きていることはそりゃあ酷いんだけど、どこか荒廃したポップさを感じてしまって、いいのか悪いのかはさておき、わたしはとても楽しかった…楽しんでしまった…スミスが流れる中行われる粛清とかほんと…最高か…。ヴィクターがたまに、外の車に待たせている仲間とトランシーバー?無線?で会話するんだけど、そのオチも素晴らしかった。これぞイギリス、いやアイルランドか。痺れる。

 アタマオカシイ処刑人のヴィクター松坂桃李さんがとにかくカッコイイんですが、処刑されるアハーン役の小柳心さんも、ついでに殺される司令官ペンダー役の谷田歩さんもかっこよかったです。アハーン大変だったな…血だらけで追い詰められていく姿が痛々しい、のだけど、どうしてもヴィクターのアッパーな空気に乗せられてしまってヒャッハー!って観てしまっていて申し訳ない…1部ほんとヒャッハーしてしまった…。可哀想なバーテンのパンクスくん浜中文一さん、めちゃくちゃモヒカンが似合ってて可愛かった! 何ていうんだろう、パンクス顔というか…すごく似合ってたんだ…彼は本当に関係ないただの巻き込まれでただただ可哀想だったんだけど、ラストにヴィクターが彼の背中に銃口を向けて暗転したの、は、すごく、だよねー!!!ってなって良かったです。ペンダーの甥だし顔見られてるしやるよねあれは……。

 と、ただただ暴力と血と硝煙とロックにアドレナリンどばどばさせられてヒャッハーたーのしー!!となってしまった1幕が終わり、休憩をはさんで第2部の始まりです。車のヘッドライトに照らし出される夜の水辺の、背の高い芦みたいな草むらに、カーステレオから流れる音楽が低く聞こえる…のが! また2幕いきなり「Broken English」で!! 頭パーンってなるから!! …っていうのは置いておいて(笑)、2部は1部とは打って変わって、趣里ちゃん演じるヴィクターの幼馴染の女の子との、静かな会話劇でした。両手を拘束され車のトランクから降ろされた少女は、ヴィクターに幼いころの思い出話をする。ねぇ、覚えてる?と語られる淡く甘い恋の思い出、ヴィクターはぶっきらぼうに「ああ」と答えるだけ。実はあなたが好きだった、と打ち明ける少女、でも彼女はIRAの敵であるイギリス軍の兵士を助けた罪で処刑されるために連れてこられたのだった。哀願と諦念の間を振り子のように揺れる少女の、肝の据わったような虚勢がとても痛々しくて可憐だった趣里ちゃん。お願い助けて、と請われても「規則だから」と淡々と返すヴィクターだけど、胸の中で泣かれるシーンでは抱きしめるかどうか戸惑う手がとても饒舌で…哀しかったなぁ。カーステレオから流れる曲に合わせて踊りながら、草むらの中へ入り背を向ける少女、その背中に銃口を向けて引き金を引くヴィクター。少女が倒れてから、頭を抱えて呻くように泣く…。1幕では完全に頭のイカレた殺人マシーンだったヴィクターだけど、少女との会話の中で描かれるかつての子供らしい一面や、センシティブな内面の機微を垣間見せて、ヴィクターという人間の多面性が明らかにされる2部でした。またこれがね…ラスト哀しいんだけどね…そこが良いんだ…。

 1幕でヴィクターがまくしたてる中にあった、ラテン語での言い換えとか、「ミドルネームは○○」というジョークとか、シェイクスピアの話とか、が、2部での彼女との会話にも出てくるのが、ヴィクターの根幹が幼少時に形成されたんだなって感じがしてうまいなぁと思いました。あと"What are you fighting for?"と繰り返される「Broken English」の歌詞が2部のヴィクターにすごく刺さる…。

 2部から暗転で始まる3部は、夜の病院のような一室で、ベッドで眠る老婆*4の元を訪れるヴィクターの話でした。顔から血を流しながら、風にカーテンが揺れる窓から音もなく飛び込んでくるヴィクターが何だか天使のようだった…。それまでの2篇が常に音楽が後ろに流れ続けている、音が溢れるイメージだったのが、深夜の病室…ではなくて老人施設の一室が舞台なので静謐の裡に沈んでいくようで、空気感の変化が鮮やか。目を覚ました老女メイはヴィクターの母で、でも二人の会話は噛み合わず、メイは辻褄の合わないことを取りとめなく話す。少女の頃の記憶、パパと呼ぶ夫、遠い昔に水辺で見つかった殺された少女、そしてヴィクターの弟であるパディのこと。目の前のヴィクターに「パディ」と呼びかけ、パディは優しくて頭が良い、ヴィクターは悪い子、嫌い、と何度も口にするメイに、ヴィクターは哀しげに、でも優しく、そして諦めたように相槌を打ち、手を握り、ショールを肩にかけてやる。自分の顔も忘れ、会話もろくに成り立たず、夢と追憶の間を漂うばかりの母親にイラつきながらも無下にできないヴィクターが哀しい。母親の言葉から、ヴィクターが幼少期から肉親の愛情を満足に受けられず、周囲からも孤立していた様子がうかがえて、彼がIRAの戦士となった要因もその辺りにあるように思えてくる…のは、「ジハード」の影響かな。居場所のなさとそれを与えられる組織に属する安堵、とか。

 母親が語る、ヴィクターも知らなかったいくつかの事実。ヴィクター・M・マクガワンのミドルネームMは、Murder のMだと嘯いていたヴィクターだけど、実は聖母マリアのMから付けられたこと、2部で殺した彼女が実はヴィクターの家を何度も訪ねていて、彼女がヴィクターのことを好きだと母親は知っていたのにヴィクターには伝えなかったこと。

 3部でも、1幕でヴィクターが口にしていた「金髪の」イリヤ・クリヤキン(テレビドラマ「ナポレオン・ソロ」の登場人物)の話や、2部で語られた湖畔の草の中で見つかった殺された少女、幼い頃のヴィクターの長い黒髪の理由、などが母との対話の中に現れて、この薄皮を剥いでいくようにじわじわと見えてくる構造がとても面白い。ヴィクターの黒髪のエピソード、親の心子知らずで子の心親知らずって感じで胸が痛むのな…。

 母親の死が近いことを悟ったのか、ヴィクターは錠剤を取り出し母に飲ませる。そのまま静かに息絶える母を看取り、病室のテーブルの上にあった、馬を駆るインディアンの置物にテーブルライトをあて、大きな影を母親の上に据えるようにして、また音もなく窓から去るヴィクター。大きな影が、母親の墓碑のようにも、彼女が求めて得られなかった理想の「息子のヴィクター」像を手向けるようにも見えて、哀しくもとても美しかったです。そして開け放たれカーテンがそよぐ窓から、また夜の暗闇へ姿を消すヴィクターはやっぱり、死をもたらす黒い天使のようだと思うのでした。好きだ…。

 1部で顔見知り程度の関わりの相手を楽しく殺し、2部でかつて好きだった、もしかしたら愛し合えたかもしれない相手を殺して慟哭し、3部で愛する肉親をそっとその手にかけて去る。結局、舞台上に現れるヴィクター以外の全ての人間はヴィクターによって殺され、ヴィクターのみが残るのだけど、それぞれの死とそれをもたらすヴィクターの描かれ方の違いが、3年(1話ずつ1年が経過している)の月日の流れでヴィクター自身の死に対する、及び殺人に対するスタンスというか、感じ方の変化に繋がっているように思いました。無感情に、むしろ楽しんで殺していた彼が、痛みを伴う殺しを経て、深い諦念とある種の安堵、もしくは救いをもたらすものとしてそれを行う。人間としてはきっと、壊れていっているんだろうと、心の大切な部分を麻痺させ続けているうちにそれが壊死してしまったように思うのだけど、それが逆に彼を人間性から遠ざけ、残酷で非人間的な聖性のようなものを纏わせているように見えてしまう。3部の彼の「天使」のイメージはそういうところからも滲んでいるのかな、と、勝手なイメージですが。

 ヴィクターの母親メイを演じたのは高橋惠子さん、年老いたなんて云えない美しさでした。でもその美しさが、この世からすでに半分遠ざかってしまったメイの彷徨える心の、悲しい狂気をより際立たせていたように感じます。時に少女のように無邪気に、夢を漂い、恐怖に震え、怯える様が、美しいからこそ哀れで痛々しくて、吐き出される無慈悲な言葉がとても鋭利に胸を切り裂く。母親はきっと、ヴィクターを愛していたと思う。のだけど、その愛し方は、ヴィクターが欲しかったものとは形が違っていたんだろう。愛情を伝えるにはその形はあまりにいびつで、それを受け取るにはヴィクターはあまりに幼く素直だった、んだろう。すれ違い、掛け違ったままの時間が長すぎた親子のボタンを掛け直す方法が、あれ以外になかったとは思わないけれど、あれ以外の道を探るにはもう、ヴィクターは「人間」から遠い場所に来過ぎてしまっていたよね…。

 カテコの最後で、イギー・ポップの「The Passenger」が流れて、またふわああってなってしまった(笑)。これも歌詞がとても、ここまでとこの後の、ここからの、ヴィクターにとても良く似合うので、戯曲で曲まで指定されているのかどうかわからないけれどもしそうならめちゃくちゃ考えられてるなぁと思うし、もし違うならこれをここに選んだ方のセンスにひれ伏すばかりです。ヴィクターが窓から飛び降りた夜空にはきっと、孤独な魂のための星が光ってるよ…。IRAベルファストだしU2の「Sunday Bloody Sunday」来るかなー??って待ち構えてたけどそれはなかった…短絡的過ぎですかすいません(笑)。

 アッパー系な1幕が楽しかった分、2幕でどんどん沈み込んでいく感じがちょっとしんどくて(好きなんだけど!)、もうひとつくらいヒャッハーなやつ欲しかった…なんて思ってしまったのだけど、でも時系列で並んだ3つの話だし、少なくとも2部より後のヴィクターはもう、ヒャッハーしなくなっちゃったんじゃないかな、と思うので、うん…。でも1幕のヴィクターは本当に刹那的な美しさと色気を纏って危うくて最高だったんだ…。

 こんな、IRAなんて日本からものすごく遠くて、とても共感しづらい難解な世界観で、背景なんかも馴染みがなくて、入り込みづらい、云ってしまえば受けなさそうな作品を、贅沢なキャストで、がっつりと上演してもらえたことに、何だか感謝の気持ちを覚えてしまう。日本でこんなものを観られたことを、とても幸せに思います。ほんと好き…上質な短編小説集の翻訳を、余韻を鼻に抜きながら読んだような幸福感と満足感に包まれて台風の劇場を後にしました。カメラ入った日があったようで、何らかの形で映像化されたらいいなぁ。出来たらWOWOWとかで放送してくれると嬉しいんだけどなぁ。放送なら音楽差し替えられなさそうだし…。

www.mcgowantrilogy.com

natalie.mu

 原作者のシェーマス・スキャンロンさんが、ヴィクターを主人公にしたアナザーストーリーをいくつかアップされています。う、うれしい…こういうのもっと読みたい…ツイッターのは2部の元になったテキストだけどこれまた訳も理想的で…。

thenewengagement.com

“Helpless” by Séamus Scanlon | Akashic Books

 

*1:カフェから駅までの往復

*2:はもちろんマーキュリーファーも!

*3:は70年代の事件だけど

*4:ってほどの老婆じゃないんだけど