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ミライ派野郎

森山未來とその周辺を果てしなく気持ち悪い感じに追いかける桐の日々散々。

「in a silent way」@ベネッセハウスミュージアム(8/26昼)

 とりあえず初回、マチネ終了しました。鑑賞じゃなくて体験、むしろ干渉だった…。
 教会で神父様の説教を聴いているような、何だか宗教的な敬虔な気分に最初なったんだけど、だんだん、司祭と聴衆めいた関係性が、彼の言葉や動き、指先や視線の方向、そんなものに支配されていく「場」の光景の不可思議さに塗り変わっていったような。そう感じたのは、わたしが最初に立った場をほぼ一歩も動かず、彼の動きに併せて蠢き移動する観衆を含めて全体的に眺めていたから、かなーなんて。…何となく、動かない(けど引かない)って思って決めてたの(笑)。なのでほぼ…引かなかったよ! ほぼ! ぶつかりそうになった時は避けたけど!*1
 以下、内容に少しだけ触れます。
 中に入ってまず、上から睥睨されている感覚がものすごく、「深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている」感を覚えたのだけど、正しくそういう内容だったのでおう、と(笑)。直島にモリヤマミライ観に来たら直島でモリヤマミライに観られていた…。
 重い鉄の扉が閉められる音が響いて、すり鉢状のコンクリートの空間に閉じこめられる感覚、外界から遮蔽される感覚もすごかった。そこに、見下ろしていた彼が降り立ち、ハンドマイクで増幅された彼の声が反響しながら閉鎖空間を満たしていく。あの空間にある空気の粒子がすべて、彼の色に染められて満ち、それを吸いこむ肺、その酸素を取り込んだ血液、それが回る全身、自分の内側の隅々まで彼が浸透する、浸食されていくような。空気を振動させる彼の声が、鼓膜から脳に染み込んでいくような。中にいる間に、自分の全身の組織が丸ごと入れ替わるような。語られることばの内容も、価値観の内と外をくるりと反転させてみせるようなことだったけど、内容にも増してというか、観念的な意味でも、物質的肉体的な意味でも、入れ替えられてしまったような。眩暈がするような、ちょっと狐に摘ままれたみたいな感覚でふわふわしている…。
 最後のご挨拶のうそくささ(笑)まで込みで、終始何かすごいぞ、すごいことをされているぞ、と肌が粟立つような、ものすごい緊張感だったのだけど、終演後に渡されたパンフレット?を読んで、まんまとしてやられた感満載です(笑)。あのひとほんと危険だから…ああいうのやらせるとほんと危険だから。ふつうに煽動とかできちゃうから。こわいこわい。という体験でした…すごかった。逆らえない。けどその逆らえない強烈な強靱な引力みたいなそれが好き。

*1:だって目つぶったままのしのし歩いてくるんだもの…